配属先は予想外、目の前の仕事を積み重ね少しずつ一人前に

大学の理工学部で電気電子システム工学を専攻していた芹田は、学生時代から「就職するならHondaがいい」という想いを持ち続けていました。

芹田 「学生の頃からバイクに乗っていたんですが、HondaのWingマークに憧れて、“FORZA”というバイクを買いました。製品への憧れは、いつしかHondaへの入社意欲に変わっていきました。

就職活動ではHondaだけを受けていたんですが、メンバーから研究室に残ってほしいと言われ、周りの期待を裏切って就職を決めてしまっていいのかと葛藤した結果、選考を辞退し大学院へと進学することを決意しました」

しかし、大学院を修了する頃になっても、Hondaで働きたいという芹田の想いは変わりませんでした。そこで再びHondaの入社試験を受け、無事合格。念願であったHondaに入社することになりました。

憧れ続けてきたHondaでのキャリアをスタートさせた芹田でしたが、具体的な配属先や仕事内容にはこだわりがなかったといいます。

芹田 「学生時代の研究内容は微小超電導素子で、Hondaでの業務で直接活かせるものではありませんでした。しかし、スキルは入ってからでも身に付けられるはずだと思い、二輪の開発職で希望を出しました。でも、蓋を開けてみたら四輪の購買本部だったんですよね(笑)」

購買本部に配属されたことに戸惑いつつも、人と違っておもしろいし、まずは何でもやってみよう、と決意した芹田。しかし、購買の仕事の本質が掴みきれず、配属後1〜2年は苦しい期間が続くことになります。

芹田 「配属先で担当することになったのは、新機種の試作車を作るための部品調達でした。ただ、自分が配属されたタイミングで都合よくプロジェクトがはじまるわけではありません。そのため、目の前の仕事が機種開発プロセスのどの位置にあるのかもわからない中で関係各所と交渉しなければならず、非常に苦労しました。

また、当時担っていたデリバリー業務では、部品の供給が日々の生産に直結するという責任の重さも感じましたね」

点と点がつながり線になった感覚を得たのは、購買本部に配属されてから2年半ほど経過してからでした。

芹田 「仕事を積み重ねていくにつれて、徐々に一つひとつの仕事をきちんとこなせるようになっていきました。この仕事のやり方は変えた方がいい、という部分を見つけて問題提起ができるようになったり、周りから認めてもらえたりしたのもその頃です。ようやく自分がHondaで働いている、という感覚が芽生えてきました」

駐在先で向き合った現場スタッフ一人ひとりの声

リーマンショックの影響を受けていた2010年、芹田は北米に駐在することになります。英語が苦手ということもあり、自ら希望してはいなかったものの、アメリカにあるホンダ・マニュファクチュアリング・オブ・アラバマ(Honda Manufacturing of Alabama)で働くことになったのです。

芹田 「駐在先では、日本で行っていた業務以上にステップアップが求められました。新機種の立ち上げに向けて、スケジュール通りにプロジェクトを進め、量産部門に迷惑をかけないようにすること、また日本から示される方針に対応すべく、内容を咀嚼したうえでスタッフの業務に組み込むなど、高い業務レベルとコミュニケーションスキルが必要でした」

入社3〜4年という若手ながら、部門長の補佐をするアドバイザーのポジションという、日本では経験できないような役割を担うことができたのは、芹田のキャリアにとって大きな糧となります。

芹田 「『変えなきゃ!』と思ったら、自分で手を動かしつつも、現場のスタッフに対して配慮を欠くことがないよう、対話を重ねながら進めていきました。

『困っているけれど自分たちではどうにもできないので、助けてほしい!』と切望されれば、一つひとつ問題を整理したうえで改善策を提示し、プロジェクトを進めることを意識しました」

そうして5年間の北米駐在中に、芹田は現地に新たなワークフローを導入することもできました。

芹田 「業務には私のような駐在員しかできないものが多くありました。そうではなく、アメリカのスタッフ自ら仕事を回せるようにしたいと常々感じていました。また、その地域から出たことがないスタッフたちに、日本を経験させてあげられるようにしたいとも考えていたのです。

そこで、自ら提案し、アメリカのスタッフが日本のサプライヤーに訪問する機会を作ることにしました。日本を訪れたスタッフからは、サプライヤーの実態や苦労を理解することで、今後の業務に活かせるという声や、Hondaで働くモチベーションが上がったという声を聞きました。私自身、日本の現場を知ってもらうことで、メンバーがそれぞれの担当部品に対する興味や主体性を高めることができたと感じました。

さらに、他拠点からもこの取り組みを取り入れたいという相談があり、自分が考えてチャレンジした内容は間違ってなかったなという手応えもありました。駐在中にこうした試みができたことは、振り返ってみてもとってもいい経験になりました」

駐在を終えて帰国した芹田は、購買のなかでもこれまでとは違った仕事を担当することになります。

芹田 「入社直後と駐在中は、部品を調達したり日程を管理したりするデリバリー業務をしていました。しかし、帰国後からは、購買の花形とも言われるお金の仕事であるコスト業務を担当することになったのです」

同じ購買の仕事とはいえ、デリバリー業務とコスト業務ではやるべきことが大きく異なります。

芹田 「デリバリー業務では、利益を度外視しても、とにかく車を作ることが最優先でした。しかし、コスト業務ではそうはいかず、会社の事業全体についても考えなくてはなりません。その中で、お金の素養が育まれていきました」

現場での仕事が好きで、コスト業務でも現場で培ってきたものを忘れてはいけないと考えていた芹田。コスト業務を担当するときは、現場を無視した資料の作成やサプライヤー選定は絶対にやらないと決めて取り組んでいました。

コネクテッド領域でのミッションは人や部門をつなぐこと

2018年4月、芹田は新たに発足した購買本部購買三部ASC課*(現在は調達企画課)に異動となり、翌年には赤坂オフィスメンバーに抜擢されました。赤坂オフィスでは、他社や研究機関と連携を図りながら、モビリティの知能化を進めていました。
*ASC:Advanced Systems and Connectivityの略

先進のAIを用いたコネクテッド技術である“Honda Personal Assistant(Honda パーソナルアシスタント)”を開発するプロジェクトに参画し、自動運転とコネクテッドを担当。購買としてははじめてアプリやクラウドサービスといった無形物の調達担当となったのです。

Honda パーソナルアシスタントは、AIエージェントがドライバーの発話のみで意図を理解し、人の負担を軽減できるインターフェースです。先進技術によってこれまでにない体験をお客様に提供できるため、プロジェクトに関わる技術者の熱も高まっていました。

しかし蓋を開けてみると、プロジェクトは体制も業務フローも確立されていない“無法地帯”のまま進行していたのです。芹田の役割は各サービスを提供するサプライヤーやベンダーとコスト交渉をすることに加え、人や部門をつなぐことでした。

芹田 「コミュニケーションを取るときは、まず相手のためにこちらから尽くすことを心がけています。当プロジェクトでは業務の区分けもはっきりしないので、誰かがはじめの一歩を踏み出さなければなりませんでした。

そこで『まず僕がやってみます』と自分から動き、『1回流れができたら、あとはよろしくお願いします』と伝えていました。すると、一歩踏み出したことにみんな感謝してくれますし、うちの部門がやるべきだったと言ってくれたりしました。サプライヤーとの交渉でも、自分も頑張るので頼みますというスタンスでしたね」

自身のコミュニケーション能力や周りを巻き込みまとめる力を活かし、人や部門をつないでいく――。次第にプロジェクトはまとまりはじめ、そこから“Honda e”へのHonda パーソナルアシスタント搭載につなげることができました。芹田は影の功労者としてプロジェクトに貢献したのです。

芹田 「サプライヤーに車の生産数などの前提条件を伝えないまま開発が進むなど、体制が整っていないからこそ苦しい場面もありました。しかし、これまで購買で培った交渉力を駆使し、結果を出すことができたと思います」

芹田はプロジェクトに携わったことで、コネクテッドは購買領域の応用編だと感じるようになりました。

芹田 「コネクテッド領域の仕事は、普通に業務をこなしていたら出会えないものでした。2020年までは赤坂のオフィスでコネクテッド関連の部門に入り込んでグループリーダーとして仕事をしていましたが、そこでもみんなに頼ってもらえましたね。今となっては自分が一番長くコネクテッドに携わっているような位置づけです。

もともと、いわゆる“部門の壁”が嫌いなので、部門内外問わずアドバイスをしてきました。それを嫌がる人もいませんでした。みんなをサポートできることは、自分自身の喜びにつながっていましたね」

今の仕事は“新たな喜び”をつくること

▲グループメンバーといっしょに

芹田は、2021年4月から栃木の四輪ものづくりセンターに異動となりました。グループリーダーと担当を兼務しながらコネクテッド業務を行うとともに、車の電子化が進みすぎて複雑化してしまった導線を整備するプロジェクトでもリーダーを務めています。

グループリーダーとして、芹田は「やりたいことはまずやってみよう」という自身が貫いてきたスタンスをメンバーにも伝えています。

芹田 「一人ひとりが主体性を持ち、悩みながら自分の好きなように動いてほしいと思っています。もちろん、悩みすぎて路頭に迷ってしまうことは避けたいので常にメンバーを気にかけてはいますが、基本は自立して仕事を進めてもらいます。

みんなには、『少なくとも私は応援するから、やりたいと思ったことはまずやってごらん』と伝えていますね。Hondaはリーチングアウトを良しとしてくれる会社なので、どんどん挑戦しようとも言っています。

やりたいことに手を広げた結果、『やりすぎ』『本業に専念して』と言われることもありますね(笑)。ただし、幅広く手を伸ばさないと回らない仕事があるのも事実です。部門の壁がHondaのビジネスを遅くしてしまう場面もあると感じるので、北米駐在中にどんどん壁を壊していった経験を活かしてやりたいことをやる姿勢を続けています」

芹田が仕事でやりがいを感じるのは、身近な人に喜んでもらえた瞬間です。だからこそ、目に見える範囲の人をきちんとサポートしたいと考えています。

芹田 「今はグループリーダーなので、後輩や仲間たちが楽しく働ける環境を作ることを目標としています。周りの人をサポートしたいと思って動いた結果、Honda eのコネクテッドサービスもうまく立ち上がったことは、新たな喜びにもつながっていますね」

新卒で入社してから、ずっとHondaで働いてきた芹田。今では、学生時代に想像していた以上の経験ができています。

芹田 「私は本当に人やチャンスに恵まれ、いろいろなことに挑戦させてもらいました。Hondaは、普通の会社であれば経験できないようなチャンスをくれる会社です。バラエティに富んだ経験を積みたい方にとっては、満足できる会社だと思いますね」

Hondaに入社してから購買で経験を積み、周りを巻き込み、時にはサポートしながら様々なプロジェクトを支えている芹田。周りの人の幸せを一番に考えるその姿勢は、これからも変革の時代で挑戦を続けるHondaの社員たちの力になることでしょう。