2つの事業所からメンバーが選ばれ、プロジェクトがスタート

▲利用者たちによるコンペの応募作品

もともとatGPジョブトレIT・Web渋谷は、障がいのある方がWeb制作やIT技術などを学び、就職につなげることが目的の事業所です。副施設長である三田は、従来型の専門性の高いカリキュラムに加え、柔軟に対応できる技術や実際の職場の環境に近い研修などができないかと考えていました。

そこで、ちょうどatGPジョブトレサイトのリニューアルのタイミングが重なったことから、今回の試みが始まったのです。

三田 「初めは、ゼネラルパートナーズ(以下、GP)のWebサイトやパンフレットの制作を担当しているデザイン室から、運営企画室へ自社サイトのリニューアルがあり、イラストを作りたいのでせっかくならWebやデザインを学んでいるatGPジョブトレIT・Webとコラボできないかといった相談があったそうです。

そこで利用者さんの実務経験になり利用者さんのアウトプットが実際のサイトに載ったらお互いに嬉しいよね。それならやってみよう!となり、正式にatGPジョブトレIT・Webに依頼がきました。

昨今のWebサイトのトレンドとして、シンプルなテイストのイラストを使用するサイトが増えてきました。そこで、atGPジョブトレのホームーページもその方向性で行こうという話になり、事業所の利用者さんの中にも絵を描くことが好きな方もたくさんいらっしゃるから一緒にできたら楽しいかも、といったアイデアベースの話がそもそもの発端です」

利用者からイラストを募集することは決定しましたが、応募者の母数の少なさが懸念材料でした。そこで、2019年にスタートしたatGPジョブトレIT・Web渋谷と、2020年に開設されたatGPジョブトレIT・Web秋葉原が合同で募ることになったのです。

三田 「利用者さん50名くらいの中からイラストを描きたい人を募ろうとしましたが、限られた人にだけ機会があるというのはあまり望ましくありません。そこで、簡単なイラスト講座を実施してから応募を募り、コンペ形式で決めることにました。

スキルは講座内容の範疇にとどめ、自分自身で描いたものを2週間の期限で出してもらうことにしたところ、最終的には13件の応募がありました。講座に参加した30名みなさん、非常に意欲がありました。ただ、実際やってみると案外大変だ、期限に間に合わないなどといった諸事情から13名が残り、選考の結果、最終的に4名の方に依頼することになったのです」

コンペの選考は、イラスト作成を依頼してきたデザイン室が行いました。もともと漫画を描くことが好きな人もいればノートに落書きする程度の人など、バックグラウンドもさまざまな4人でしたが、atGPジョブトレIT・Web渋谷とatGPジョブトレIT・Web秋葉原からちょうど2人ずつの選出となりました。

三田 「事業所をまたいで取り組めることになったのは、本当に幸いでした。加えて、コロナ禍もあってオンラインが一般的になっていたこともあり、具体的な打ち合わせはほぼすべてオンラインミーティングで実施。体調や移動に不安のあるメンバーもいたので、リモートで作業ができることは彼女たちにとっても良かったのかなと思います。図らずも社会的情勢がプラスに働きました」

ひとつのミッションをやり遂げるためには人間関係の構築がキーだった

▲講師からイラスト担当者へオンラインでフィードバックする様子

メンバーに選出された4人は、オンライン上でイラスト作成に向けて取り組み始めました。ただし、初対面であったため最初だけは三田が間に入り、方向性や進め方の大枠を提案しました。

三田 「今回必要な作画点数が24点と多く、似たようなシチュエーションでも3パターンずつ描く必要がありました。そこで、ひとりの作画担当者だけで判断するのではなく、構図や見え方などを4人で話し合って決めようといった進め方も提案し、それぞれの業務について納得してもらいながら進めました」

最初は楽しく取り組んでいた4人ですが、もちろんすべてが順調に進んだわけではありません。メンバーは全員女性でしたが、さまざまな理由から人間関係構築のためのコミュニケーションに対して消極的な傾向がありました。「他の人はどう思っているのか」といった微妙な気持ちの調整がなかなか大変だった、と三田は語ります。

三田 「イラストそのものよりも、やはり違う個性を持つ4人の人間関係を円滑にするよう努力しました。事業所のスタッフはもちろん、イラストを見てくださる先生も細かくフィードバックしてくださいましたし、人間関係と作品のクオリティという両面から支えてくださった方々の力は大きいです。

ひとりでできることが、4人だとできなくなってしまうことは、どの世界でもあります。みんながそれぞれ『自分は嫌われているのではないか』と悩んでしまい、閉塞感が漂うこともありましたが、そうしたバックアップに助けられました」

atGPジョブトレの講習には、IT・Web系と事務系がありますが、事務系と違いグループワークはそこまで多くありません。IT・Web系の利用者は特に、自身のスキルを磨くことに積極的ですが、コミュニケーションや人間関係を構築することには消極的な傾向があったと言います。

三田 「今回の取り組みで感じたことは、“ほどよい関わり方”の難しさです。今回のメンバーはなにか問題が起きても自分たちで解決してくれましたが、手も口も出さずに見ていることが果たして良いのか自問自答していました。

あとから、メンバーにも『もっと関わって欲しかった。でも、自分たちでやり切れてよかった』と言われまして。彼女たちも手探りだったと思いますが、最後までやり切れたことで、ひとつ壁を乗り越えたことによる自信が持てたのだと思います」

「チームだから大変」から「チームだから楽しい」への転換と成長

▲完成したイラスト集

イラスト制作に直接関わったメンバーの中には、もともとイラストを学んだ経験がある、あるいはとりわけ得意にしている、という人は特にいませんでした。

三田 「全員に共通して言えることは“イラストを描くことが大好き”ということ。また、チャレンジ精神に富んでいて、自分の実力を試してみたいという前向きな思いがありました。事業所のスタッフから『やってみたら?』と背中を押されたという人もいました」

初対面だった4人が、ひとつのチームとしてイラスト制作に取り組む。そうした試みは、ジョブトレとしても初めてであり、本人たちはもちろん関わるスタッフも手探りからのスタートでした。加えて、社会情勢的にも直接会うのではなくほぼオンラインで情報交換をし、人間関係も構築しながら創作活動を進めました。

三田 「メインでイラストを描いていく担当が1名、アシスタント3名という役割分担でしたが、作業を進めていくにあたってそれぞれのメンバーがアイデアを出し合い、意見を言い合います。その中で、『みんなでいいものを創ろう』『チームのために自分のできることは何か』と考えるようになっていったんです。お互いの頑張りがプラス方向への刺激となり、自然といい流れができていきました」

もちろん、試行錯誤する中で壁にぶつかることもありましたが、それを乗り越えたときに味わえた達成感を共有することで、チームとしての一体感も徐々に生まれていきました。

三田 「メンバーのひとりからは、『ひとりでイラストを描くのと違って、ほかの人の意見も加わって、自分が思いもしなかったような作品ができることにワクワクし通しだった』という言葉がありました。ひとりではできない、チームで何かを創る楽しさを感じられたことは大きな収穫です。GPのカルチャーである『やってみよう、楽しもう』をそのまま体感できたと言ってくれるメンバーもいるほどです」

取り組みに参加したメンバーは、今回の経験が大きな学びとなり自己の成長の好機になった、と異口同音に語っています。そして、それぞれ次のチャレンジに目を輝かせています。

やり切れた経験がもたらす大きな自信と、そこからの展開 

▲作成したイラストが使用されているジョブトレサイト

コンペから納品完了まで約半年。上手なイラストが必ずしもデザイン室の求めるテイストに合うとは限らず、それぞれが自分の役割に取り組みつつも、スムーズにいかないこともありました。しかし、そうした経験を経て、4人のメンバーには自信を持ってもらえた、と感じられると三田は語ります。

三田 「同時にいくつものイラストを作成しながら他のメンバーと共同作業し議論していくことは難易度の高い仕事ですし、障がいがある場合は体にも負担がかかることはたしかです。しかし、それでも4人で最終的にひとつの仕事をやり切った、ということはとてもいい経験になったのではないでしょうか」

これまでは、緊張して人と話せなくて面接もうまくいかなかった人が、事業所に企業の方がきた際に自発的な行動ができるようになったり、自分から進んで作品のエピソードトークを話せるようになっていたりするなど、目を見張る成長があったのです。

三田 「ひとつできるとほかのことにも展開ができます。自分の作品集を紹介するにあたっても、思いを込めて話せるようになった。半年前とは全然違う、嬉しい変化です」

実際にこのプロジェクトイラストの作成を依頼したGPデザイン室の伊原 美咲からは、こんな感想が寄せられています。

伊原 「プロジェクトでは、実際の業務を疑似体験いただけるよう、制作会社さんに依頼しているような感覚で、フィードバックを行いました。初心者の方もいらっしゃったので、苦戦されている印象もありましたが、フィードバックの意図を丁寧に汲み取り、毎回着実により良いイラストに変わっていきました。最終的には、サイトにマッチした素敵なイラストが完成し、デザイン室一同、とても感動しました。

メンバー同士でのコミュニケーションや役割分担も自分たちなりに工夫しながら仕事をされていたそうで、『チームで仕事をする』というトレーニングにもなっていたのではと感じました。」

また、atGPジョブトレIT・Web渋谷で講師を務め、今回のイラストの指導をした伊賀は、プロジェクトを通してこんな想いを抱きました。

伊賀 「フリーランスで講師業や制作案件に関わらせていただいている中でイラストも多く制作させていただいております。デザイン室の方からサイトをリニューアルするにあたり、イラストを制作して欲しいとのご相談を受けたと聞き、少しでもみなさんの参考になればと思い参加させていただきました。

本件についてはコンペから4名の制作者が決まり、チームとして協力しあって制作を進めていったのですが、オンラインでのやりとりであったり、初めてのチームでの制作であったりで悩まれていることもたくさんあったと思います。

しかし、何度もオンラインでミーティングを行って情報や自分のやるべきこと確認しあって、『伊賀さん、ミーティングできますか?』と声をかけてくれて何度もフィードバックをさせていただく中で、イラストの質はもちろん、チームの良さもどんどん上がっていくのを感じました。

イラストの内容としては、細部までの丁寧さはもちろん、伝えたい内容を整理して、不必要な情報は取っていかに直感的にシンプルに伝えられるか、パターンをいくつも出し合って絞り込んでいきました。『情報整理』や『視覚的に伝える』ことも、時間が経つにつれてみなさん慣れていったように感じます。

連絡や報告を行いながら、自分がやるべきこと、助け合うことをしっかり意識して制作していったおかげで、良いイラスト、良いチームとして無事に納品、公開までいけたことは本当に素晴らしいと思いました。これからもこの経験を生かして、就職・仕事へと繋げていって欲しいです」

今回の取り組み作品はGP社内でも認められ、企業への提案書や広報資料などにも使われています。他の利用者には4人のメンバーから体験を話してもらい、「仕事として重要なことは単なる技術ではない」ことが伝わった印象だ、と三田は言います。

三田 「単に絵が上手に描けるだけでは、なかなか仕事にはつながりません。でも、今回の試みがうまくいったことやatGPジョブトレの卒業生の就職先での活躍をきっかけに、一般の企業からホームページ制作の依頼をいただきました。こうした動きがどんどん広がっていくといいなと思っています。テクニック以外の部分も大きいですから、一人ひとりの基礎力を上げる方向へと全体的にシフトしたいです」

WebやITは基本的にテクノロジーの世界なので、変化は短い周期で必ず起こるもの。だからこそ、細かいテクニックよりも「どこでも通じる力」が大切なのです。

三田 「トレンドを追うのも大切ですがやはり基礎が大事です。この先何があるかわかりませんし、デザイナー以外の仕事にも通じることだと思っています」

仕事で重要なことは単なる技術ではないところにある、という三田は、今回の取り組みを通して確かな手応えを得ました。

そこから生まれた小さな変化が大きく育ち、atGPジョブトレの新たな未来へとつながっていきます。


▼プロジェクトに関わったメンバーの声
「Webサイトイラスト制作プロジェクト──ジョブトレ利用者に聞くプロジェクトの裏側」