商売を起点として街が変化していく様子を見たことが、原点だった

▲大学院時代に運営していた大阪のイベントスペースの様子

大学で工学部に入ったあと同大学の院に進学し、都市計画やまちづくりを専攻しました。ハード面や法律、条例などを研究する人が多い中で、僕の研究はソフト寄り。地域の活性化を担う人と人との関係性を材料に研究していました。

都市へ興味を持った最初の入り口は建築でしたが、自分がデザインをしていくというよりも、建築や店舗の力で街が活性化していくことに魅力を感じたのです。

僕らの世代にとって、百貨店はあまり馴染みがない場所。それでも百貨店に興味を持ったのは、大阪の心斎橋で生まれ育った影響が大きいです。心斎橋には大丸があって、都心の真ん中で商売をしている百貨店が身近にありました。

心斎橋のすぐ近くに船場という街があるんですけど、元々は倉庫街・問屋街だったので、1階に大きな駐車場や荷捌き場があり、その2階が住居になっている建物がたくさん並んでいました。

ただ、中学生ぐらいの頃には徐々に商売が成り立たなくなってきて……空き物件がいっぱい出てきたことで、その1Fの天井高が高い特徴を生かした雰囲気のあるカフェやアパレル店舗が続々と誕生しました。このように、街が変わっていく姿を目の前にしたのです。

その時に、商業が核となり街を変えていく力になるんだと感じました。そして身近で街の中心にあった百貨店に興味を持ったんだと思います。人の価値観が変われば街も変わる。商売を通じて暮らし方の提案ができる百貨店のおもしろみを感じました。

また、大学院に上がる前に1年間休学したんですね。一筆書きで世界一周ができる航空券が売っていて、100万円位使って半年間世界をぶらぶらしました。

残りの半年は日本に帰り、友人が東京でお店を立ち上げるタイミングだったので、そのお店を手伝いに行きました。それに加え、大学院の2年間は大学院に行きながら、大阪で高校の先輩とイベントスペースの運営もしていました。

その中でおもしろいものを見つけてワクワクする、という体験ができて。今の仕事と同様に、「自分が良いと思うものを熱量を持って提案する」というビジネスの基本を学びました。

今まで狭い世界で歩んできたのとは異なる人生観や価値観を持って生きてきた人々と対話することで、自分がどう考えているか、何をしたいのか、ということを見つけていった気がします。

対話と信頼の積み重ねが、人脈をつくる

▲GINZA SIX

入社してから1年間は販売業務をやっていました。そして入社2年目には後にGINZA SIXの開業を担う銀座新店計画室へ異動することに。まちづくりや都市開発に興味があるというのをずっと面接から言い続けていたので、その情熱を買っていただけたのかもしれません。

異動当初は松坂屋銀座店の跡地を開発することだけは決まっていましたが、どういう形で進めるのかはまだ決まっていませんでした。共同事業者の森ビル、住友商事、Lキャタルトン リアルエステートの方々とほぼ毎週ミーティングの機会を設けて、考えをぶつけあう期間が長く続きました。

銀座新店計画室にいたのは2013年3月から2015年2月。そのあと、4社で共同出資により会社をつくって推進することになり、GINZA SIXリテールマネジメント株式会社に出向しました。

出向した会社の営業部隊は10人程度で、統括するマネジャーがひとりいるだけのフラットな組織。

まったく別のカルチャーを持つ会社の方々と机を並べて仕事したことで、社内ではなく世の中のスタンダードを理解し、 客観的に自分や会社の価値を把握出来ました。

そのマネジャーは森ビルの方で、当時30代半ばくらいでした。その方をはじめ出向者の先輩方にはとてもお世話になりましたし、鍛えていただいたと感じていますね。今でもメンターのような存在としてお付き合いしています。

大きな投資をお願いするというのはある意味、出店者の方に人生をかけてもらうくらいの出来事なので、どうやって信頼関係を築くかが重要です。

「信頼は日々のやり取りの積み重ね」「相手の方が求めていることにいかに早くお返し出来るのかは常に意識しろ」と仕事の中で度々言われていました。本当に基本的かつ大事なことを教えていただいたと思います。

他の会社の方とデスクを並べて働くうちに、各社から出向している人間というよりも、そこの会社の人間となり、新たなカルチャーが出来上がるような気がしました。そういう経験ができたのはほんとに幸運でした。

自分の担当した部分が“喜び”を生み、大きなやりがいに

▲建て替え工事中の大丸心斎橋新店前にて

その後、2019年にオープンした大丸心斎橋店の計画を推進した心斎橋新店計画室にてマーケティングやリーシング、契約管理業務に従事することになりました。

松坂屋銀座店があった場所に、イチから新たに商業施設をつくったのがGINZA SIX。大丸心斎橋店は建物を建て替えながらも、百貨店としてリニューアルすることが決まっていました。

今までやってきたことを受け継がないといけない部分もありますし、その中でいかに新しさを出していくかということもテーマだったので、難易度の高いプロジェクトでした。

出店いただいたテナントのことで、ひとつ印象に残っているエピソードがあります。

お店を選ぶ中で、心斎橋で僕たちがフィロソフィと呼んでいた、お客さまに提供していきたい価値を5つの言葉にまとめたものがありました。それを考えたときにどうしても入ってほしい、海外のお店があったんです。

何度も商談を重ねるうちに、そのショップがその場所ならではの歴史や文化とブランドの哲学とのマッチングをとても重視されていることが伝わってきて。そこで本国の方に来日いただき、建築途中の現場に入ってもらうことにしました。

大丸心斎橋店は約100年前に西洋建築のスタイルを日本に伝えたウィリアム・メレル・ヴォーリズの設計した当時の外壁をそのまま残しながら建物を建て替える、という新しい手法を採用しています。

実際に昔の外壁を新しい構造と繋げていく工事風景をその目で見ていただきながら、歴史を踏襲しながらも伝統を守るだけでなく、新しい文化をつくっていきたいという僕たちの想いをプレゼンしました。

もちろんそれだけではありませんが、その体験が後押しになって、出店を認めていただけたんです。

大きな規模なので自分が建物をどうするか、何から何までひとりで考えているわけではもちろんありません。しかし一部分ではあっても、自分でやろうと思って考えたことが売上やお客さまのリアクションで見えます。こういう体験の一つひとつが仕事の中での喜びなんです。

顧客起点で、よりつながるコミュニケーションを目指して

今は松坂屋名古屋店に来て、店全体を俯瞰的に見渡して考えるポジションになり、視野が広がったように感じます。

これから名古屋店でどこに注力をしていくか考えたときに、可能性があるのは“外商”だと考えています。外商は、松坂屋を愛してくださる顧客であり、その顧客とつながる営業組織のことも指しているんです。

その関係性は1to1なので、これまであまり組織的にマネジメントをされてこなかったんですね。

この外商をデジタルを生かしながらより効率的に、顧客がより求めているつながり方ができないかということで、新たなコミュニケーションツールや販売手法に取り組んでいます。

その中で主観的な意見としてだけでなく、データ的にも外商にはまだ成長するポテンシャルがあると考えているんです。

名古屋店の売上は毎年1,200億円ぐらいあります。そのうち半分弱ぐらいが外商のお客さまの売上です。これはおそらく、外商の売上も比率も日本で一番じゃないかなと思うくらいの規模で。

ただ一方、そのお客さまのニーズや期待に現状では応えられていない体感があります。百貨店は十把一絡げでマスを取れるビジネスモデルでは既にないと思っているので、そこにしっかりフォーカスを当てていきたいです。

外商のみならず、僕らの商売は顧客起点であるべきだと思っているので、お店全体をそういう思考に切り替えていくためにいろんなところと戦いながら、いかに売場や組織を変えていくか、ということを日々考えています。

そういう変化をしていかなければ生き残れない会社だということもありますが、そこにおもしろみを感じています。私の場合、まちづくりや都市開発に対する興味でしたが、百貨店には本当に様々な仕事があるので「この世界を極めたい」というくらい、自分の好きなものをしっかり持っている人であれば、日々の変化を楽しみながら仕事が出来るのでは、と思います。