やりがいを求めて営業職へ。先代社長との出会いを果たす

学生時代は高校が大学の附属だったため、大学受験がなく、勉強よりも遊びを優先していました。当時は「ディスコ」が流行っており、夜にレストランで皿洗いなどのアルバイトをしてディスコに行って……を繰り返していた記憶が強く残っています。

大学卒業後は、新卒で外資系のIT会社に就職しました。

当時、とくに「これがやりたい」というものがなく、学校の成績もそこまで良くありませんでした。そのため、「自分に内定を出してくれるならそれだけでありがたい」と思い、給料・ボーナスも良いことと最初に内定をくれたことが決め手となって入社を決意しました。

最初は営業サポートの仕事を担当。外資系なので各国に工場の拠点があり、そこと連絡を取る窓口業務を行っていました。しかし4、5年続けてもやりがいを感じられず、待遇が良くなることもあって、営業職に異動申請をしたんです。

無事営業に配属されたものの、営業職はお客様の要望もハードルが高い上に急な変更やノルマがあって、記憶に残っているのは「大変」のひと言なくらい、日々仕事に追われていましたね。

一方で、営業職には、目標達成した時の喜びを感じられる部分にやりがいがありました。というのも、外資系企業なので目標達成したあとの評価・待遇がかなり手厚く、喜びも大きいんです。ただ、喜びが大きい反面、目標未達の場合は悔しさはひとしおでした。

そんな営業時代に店頭ビジネスを行う部署で、ある出会いを果たしました。それが当時の社長だったビーモーションの松永さん(現会長)。しかし当時はビーモーションに入るとは思っていませんでした。

その後、自分がいた部署の事業が会社のメインではなく使える予算が限られていたことと、方向性が合わない部分や会社が合併するという話もあり、20年働いた会社を退職することにしました。

退職後に、ビーモーションの松永さんから「辞めたの?たまには遊びにおいで」と言われたものの、大変な営業職から離れた開放感からか、すぐに働くという選択はできず。1年間失業手当をもらいながら無職期間を過ごすことにしました。

当時は、今と違い転職や退職が普通ではなく、失業する人が少なかったので失業手当の額も大きかったんです。

入社後に迎えた大一番。導かれるようにキャリアの階段を駆け上がる

退職して1年が経つ頃に焦りを感じ始めました。そこで、松永さんにお願いしてビーモーションに入社。当時、給料は家族4人が食べていける分があれば良く、とにかく就職したいという気持ちでした。

ビーモーションに入って間もない頃、忘れられない経験をしました。ある社員がメーカーさんに今後の取引に関わるほどの多大な迷惑をかけてしまったんです。

その際に、半ば自然的にそれを解決する責任者に抜擢されてしまって。それまで、あまり大きなクレーム対応はしたことがありませんでしたし、仮に取引がなくなったら、会社としても今後大変な局面を迎えることになる可能性もあったのでプレッシャーは大きかったです。

最終的には数カ月かけて解決し、なんとか取引はなくならずに済みましたが、当時は本当に大変でした。ただ、怪我の功名というか、その経験をしたあとは、何かあっても動じなくはなりました。

そうして、順調にビーモーションでのキャリアを歩んでいた中で、あるとき松永さんから「話がある」と声をかけられました。そこで、松永さんが社長へ就任するにあたって、私に一年間副社長をやって欲しいというお話をされました。

当時、役員の中でも私が一番年上だったので、声をかけてもらったときには大きな驚きはありませんでした。松永さんから指名されたからには、やらないという選択肢は私の中にありませんでしたが、それでも「できるだろうか?」という悩みはもちろんありましたね。

これまで仕事をする中で、松永さんと意見が食い違う部分は何度もありましたが、何でも言い合える関係でした。
なので、私が「松永さんがどういう人間であるか」を知っているように、松永さんは「私がどういう人間であるか」を一番知っている人だったんです。だからこそ、私に親しい部分を感じていてくれたのかもしれません。

副社長に就任した1年後に、今度は私が社長を務めることになりました。

松永さんが社長をしていた頃は「どういう会社にしていきたいか」という話はあまりしていませんでした。しかし今でも連絡を取っている中で将来の方向性について考えていることを伝えると、松永さんがもともと描いていた未来像とのズレがないんです。

もっと社員を大事にしていきたいとか、事業を大きくしていきたいとか、むしろ引退してからのほうが「松永さんも同じことがやりたかったんだなー」と共感をしています。

新たな変化に向けて。培ったノウハウを用いて描くビーモーションの行き先

私が代表になった6〜7年前から、家電量販店の店舗で商品を買う人よりもインターネットで買う人が増えるようになっていました。とはいえ家電量販店の市場規模は減っておらず、量販店で物を売ることに参入していくメーカーは、国内だけでなく国外にもいらっしゃいました。

当時からビーモーションは実績を評価されることで新しい仕事を紹介してもらうことが多く、自分たちで仕事を取っていくという動きを積極的にしていませんでした。しかし、今はその点にも変化を加えていくフェーズに入っています。

というのも、2021年現在は、新型コロナウィルスの影響がありますから。そうした中では、社員の生活を守っていくためにも会社の業績を早く戻すことが必要です。

もちろんコロナウィルスの感染拡大収束後も、世の中が元の生活に戻るわけではありません。業績回復のために、新たな世の中に適した、新しいサービスをつくる必要があると感じています。

そこで考えているのが、これまでに対面での接客や営業によって培ったノウハウをもとに、オンライン上で接客をする新しいサービスです。

緊急事態宣言前は大きな反応を得られなかった新規事業ではありますが、時代の流れによって追い風が来ています。2本目の事業の柱とするため、よりスピード感を持って取り組んでいきたいです。

コロナによって、テックカンパニーと言われる大企業の力がより鮮明になった印象を持っていますが、そういった会社は単に技術を持っているだけでなく、技術を元に世の中を良い方向に変化させています。

ビーモーションはこれまで人材ビジネスをやってきたのですが、同業他社と同じように人材ビジネス業界の中の一社であるという立ち位置にはもどかしさを感じているんです。

世の中の購買活動がオンラインに移った上でも、人々が安心して商品が選べるような接客ができたらな、と。純粋なテックカンパニーではありませんが、世の中をテクノロジーで変えるというミッションに、ビーモーションも取り組んでいきたいです。

ビーモーションの強みは接客や販売によって成果を上げることではありますが、そこにあるノウハウには、オフラインとオンラインの垣根はありません。

今までのやり方にとらわれないチャレンジングな姿勢を持ちながら、これからも成果を追う姿勢を維持しつつ、ノウハウを蓄積して技術を磨き続けていきたいと思っています。

社員一人ひとりに寄り添い伴走して目指す未来。その基盤となるのは真摯さ

私が一番大切にしていることは「真摯さ」です。正直であり、真っ当であることが何よりも重要です。

──たとえ能力がなくても、無知であっても、頼りがいがなかったとしても、成長することで人は変わることができるのだから、そこには寛容さがあるべきだ。ただ、真摯さの欠如は許してはいけない。

これは有名な経営学者ピーター・ドラッカーさんの言葉ですが、私自身も「真摯さ」は社員一人ひとりにとって欠かせない大切な素養だと考えています。

当社もコロナウィルス対策としてリモートワークを導入したり、出勤人数制限をかけたりと、細かいルールが変わっていきました。

ただ、社員みんながついてきてくれたからこそ、店舗で働くメンバーを含めて感染者がひとりも出ていません。感染を防ぐというシンプルな目標に向けて、全員が真摯な姿勢で取り組んだ結果だと思っています。

これは、どんな目標だとしても、達成に向けてのプロセスを明確にし、真摯さを持って取り組めば実現可能なことを感じた体験にもなりました。

私はこうした真摯な姿勢をもつメンバー、一人ひとりが強みを活かせる会社でありたいと考えていますし、強みに焦点を当てた文化をつくっていきたいです。行動や成果は個人によって異なりますが、順調に進んでいないことを厳しく責めても、うまくいくようにはなりません。

各事業所とのやり取りにおいても、ここがダメだと否定的な考えをもつのではなく「別の事業所がこんな風に取り組んでうまく行っているから、別の支社でも展開して欲しいと思っているんだけどどう?」という伝え方をしています。

ああしろ、こうしろと指示をするだけではなく、なるべく具体的な行動に落とし込み、できる限りシンプルに伝えていく必要があるんです。ただ上から伝えていくのではなく、メンバーと一緒に考えていきたいと思っています。

現在は、東京以外の支社の成功パターンが見えてきたので、それを標準化して全社に伝えていきたいと考えていますね。

昨年までは考えていませんでしたが、このような時代の流れによって、私はビーモーションが世の中を変えられるんじゃないかと思うようになりました。これまでの経験と、新たな挑戦を軸に、これまでにない価値が提供できる会社を目指していきます。