学生時代に一人で富士山に登った経験が、自身の行動力の原点に

▲初めての富士登山

全てのはじまりは、ある授業で教授に「この授業にいくらかかっているか、わかっている?」と問われたときでした。大学ではマーケティングを専攻していましたが、1~2年のころは何もせず過ごしていただけに、この問いを受けて “はっ”としました。

まず何かアクションを起こさなければと思い、大学2年生の夏ごろ、一人で富士山に登りました。日本一の山に登ったら何か景色が変わるのではないかと思ったんです。実際に登って、ご来光の綺麗さや達成感、さらにさまざまな出会いに魅了されてから自分は自然の中にいるのが向いているのではと感じました。

これを機に大学3年生からアウトドアショップでアルバイトを開始。アルバイトでは、海外のお客様やアクティブなお客様のお話を聞く機会が増えました。またアウトドアの知識を付けていくうちに海外へ興味を持ち始め、高校生のときに憧れてバックパッカーをやってみたいなという想いが芽生えていました。

初めて海外に行ったのは、大学3~4年生の頃に参加したスリランカでのボランティアツアーでした。その後、周りと一緒に就職活動をしていましたが、大学から「まず会社へ入社できるように、入れるような会社を受けなさい」と言われたときに、やりたいことと違うなと違和感を覚えて……。また、バックパッカーをやってみたいと思っていたので、就職してしまうと自由に時間が使えなくなってしまうと思い、就職活動に区切りをつけました。

リスキーだとは思いましたが、ありがたいことに人に恵まれ、職場の先輩方に相談したところ「若いうちは失敗しても好きなことをやった方がいい」と背中を押してもらえて。大学卒業後に約3カ月半、東南アジアをバックパッカーとして旅行し、将来のことはその後に考えようと決断しました。

実は、もともと活発な性格ではないのですが、大学2年で富士山に登った経験が僕の心を開いてくれました。想いを持って行動すると学びが得られる、そんなマインドが身についたのだと思います。

語学力だけでなく、自分への自信をつかんだ留学時代

▲フィリピン留学のクラスメイトwith 先生方

東南アジアでいろいろな人に出会い、みんなが英語を話せる点が驚きでした。英語を話せる人はたくさんいて、みんなのコミュニケーション手段が英語だったんです。もちろん日本人でも英語を話せる人はいて、こういった方々と出会ったことで、もし自分が英語を話せたら、もっとコミュニティが広がっていたのではないかとさまざまな場面で感じて……。

知っている単語を使って何とかボディーランゲージで伝えるのが精一杯で、会話に加わることができなかったことが悔しく、日本に帰ってきてからはお金を貯めてフィリピンへ留学しようと決意しました。

フィリピン留学当初は、冗談抜きで「Yes/No」くらいの知識でした。be動詞さえわからず、「I “am”」じゃなくて「I “is”」を使っていたかもしれないくらい文法レベルが低かったです。

そのため、しっかりと勉強ができる学校へ通うことを選択したのですが、寮があって、土日しか外には出られない環境でした。想定はしていましたが勉強漬けでしんどかったです。朝は6時に起きて授業は9時から17時まであり、その後も19時から22時頃まで強制実習時間。24時まで友達と勉強するという3カ月間でした。

大金を払っているから元を取りたいという想いに加えて、負けず嫌い気質で、周りの人が話せているのに自分だけ話せないのが悔しかったから、食らいついていけたのだと思います。そのおかげで、3カ月後には英語に対する苦手意識がなくなり、先生たちとコミュニケーションを取れるようになりました。この間で英語の基礎が身についたのだと実感しましたね。

その後は、オーストラリアとニュージーランドへワーキングホリデーで行きました。選んだ理由は、英語圏内で比較的近いこと、そしてアウトドアが好きなので、車にキャンプ用品を積んで各地を旅行したいという想いがあったからです。いろいろな場所へ行き、一時は車が我が家になっていました。

英語で会話ができるようになったことで、数年前、東南アジアでまったく英語が話せなかったときからの進歩も感じました。さらに、現地で働くこともできて。日本ではない土地で、英語でコミュニケーションを取ってお金を稼げたことは、自分の人生の中で想像もしていなかったことなので、印象深いですね。頑張ったかいがあったなと、自分を褒めてあげたいです(笑)。

英語は苦手分野でしたが、そこの壁を超えようと行動を起こさないと、先には進めないことを学びました。何事もやってみて、できないなら違うことをしようと考えながら過ごしています。今でも向上心を持ち続けるように意識しています。

自分を活かしてくれる場所──それがアレックスソリューションズだった

▲バックパッカーの頃、ミャンマーでのトレッキング

帰国後、以前働いていたアウトドアショップと連絡を取り、再度働くことを快く受け入れていただきました。そのショップは土地柄、海外のお客様が多く、お店も大きかったので、海外で過ごした経験が活かせると思ったので、どこで働こうか考える前に行動しました。

そして27歳のときに結婚し、家族ができたので海外へ長期で行くこともなくなるだろうと思い、何か別のスキルを身につけれる職に付きたいと考えるようになりました。また、頑張ってきた英語をビジネスで継続的に使いたいという想いもありました。

このとき、アウトドアショップで販売員をしながら日本で需要のある仕事を調べていたところ、アレックスソリューションズを見つけました。

しかしその当時、就職に対して、自信がなくなり悩んでいたんです。2年間ワーキングホリデーをしてきて日本に帰ってきたとき、周りから「遊んできたんだろう」と言われることが多かったです。たしかにホリデーとあるようにイメージとしては“休暇”で、実際、旅行へたくさん出かけましたし、日本で生活しているよりは遊んでいました。

また、自分でも2年間ワーキングホリデーをして、TOEICで良い点数が取れたり、ビジネスとしての英語が話せるようになったりしたわけでもないので、言えることがありませんでした。

そんな中で見つけた、アレックスソリューションズ代表の大野のバックグラウンドが自分と重なり、キャリアを認めてもらえず自分で切り開いてきたところに共感しました。さらに、会社を立ち上げ、理念として自分のような留学生や帰国してきた人を活かそうとしているのがすごいなと思いました。自分のやってきたことを認めてくれる、自分が大学生のときに感じた「行動する」という考え方を活かせる環境だと思い、すぐに応募しました。

その結果、今の僕があります。

入社して1年ほどですが、最初の配属先は大学のヘルプデスクでした。エンジニアとしてアカウントの管理などシステムを扱っていました。2020年7月からは、外国人のエンジニアサポートを行っています。日本語が話せない方も多い外国人の多い部署で、上司の日本人エンジニアに集まる仕事をサポートする役割──たとえば、請求処理など幅広く事務処理を担当しています。

まったく経験がなく、とにかく必死でした。直感で選んで動いているので、後悔してもしょうがないです。わからないことだらけでも、わかるようになればその分自分の知識が増えます。そもそも、新しい知識を身につけていきたいという動機で入社したので、肯定的に捉えていました。自分ができないことが出てくる方が、つらくてもきっと将来に役立つと思いモチベーションを上げていましたね。

また、周りの方々に恵まれていたので、丁寧に教えていただき、うまくできていたと思います。初めのヘルプデスクでは英語をまったく使わなかったのですが、今はほぼ毎日英語を使っているので、とても良い環境にいると思っています。

直感で動いてきた20代。30代は家族を守りつつ、行動力を大切にしたい

▲前職の方々と山登り_槍ヶ岳

20歳から今までの人生は──まるでおもちゃ箱をひっくり返したような──思ってもみなかったことが起きる、直感で動いてきたからこその人生でした。ただ、30歳以降は、今までとは違い家族という守るものができたため、将来のことを考えながら行動していきたいと思っています。

まだ具体的ではないのですが、いつかは日本の田舎で仕事ができるようになりたいなと。というのも、オーストリアやニュージーランドの比較的田舎町にいたときに、ストレスフリーでとても過ごしやすかったからです。

そのため、今はまず自分を誇れるスキルを身につけようと思っています。IT業界には未経験で入っているので、そのベースからどんどん深めていきたいですね。ITといっても幅が広いですが、分野も絞らず視野を広く持っていたいと思っています。その中で自分に合っているものがあれば、フォーカスしていきたいです。今はまだ、目の前のことに必死ですね。

いつも何かを決断するときは、あらゆることを取捨選択することになります。しかし、どちらを取っても間違いじゃないと思うんです。だからこそ、自分で考えて選んだというバックグラウンドがあれば自分で納得できます。そうすれば失敗を恐れず、行動できるはずです。

何か思っていても、動かないと始まりません。だから僕は今後も、失敗を恐れず何事にも興味を持ち、思ったことを行動に移す姿勢を大切にしたいです。