北村にとって日本の事業会社は「新たな挑戦」だった

北村はロンドンの美術学校を卒業後、日本を拠点にしながら10年以上アートディレクターとしてのキャリアを重ねてきました。

楽天に入社するまで、所属した会社がすべて外資系の広告代理店だったと話す彼女。なぜ、自身にとって初めて日本企業、それも代理店や制作会社ではなく事業会社のインハウスデザイナーという道を選んだのでしょうか。

北村 「これまでは社外のアートディレクターという立場から、ファッションブランドなどをはじめとしたさまざまなグローバルブランドに携わってきました。

もちろん広告クリエイティブの道も上を見ればすごく長い道なのですが、ある程度の世界までは知れたなという感覚があったんです。じゃあ次に何をしたいかと考えたときに、興味があったのはより広い意味でのデザインでした。

消費者のニーズを喚起する広告のデザインだけではなくて、ひとつのサービスのユーザー体験をどのようにつくるか、といったような視野でデザインを捉えてみたい。そのためには、代理店ではなくいわゆる“クライアント側“に立って自分の景色を変える必要があると思いました」

会社選びを進める中では、かつての同僚であり、「楽天デザインラボ」のマネージャーでもある河上からの話も背中を押しました。分野をまたいで多くのサービスを扱うブランドという楽天のあり方を知り、今までとは違うタイプのブランドをつくる仕事への挑戦意欲に駆られたといいます。

北村が楽天へ入社したのが2019年1月。さっそくこれまでにない挑戦の機会が訪れます。今シーズン参入したばかりの、台湾における楽天のプロ野球チーム「楽天モンキーズ」(以下、モンキーズ)のキャラクターロゴデザインを任されることになります。 

キャラクターが持つ力を信じ、ファンとチームの「架け橋」をあえてつくり替え

日本のプロスポーツでもなく、スポーツに関してもそれほどなじみがありませんでしたが、北村には不安よりも、チャレンジすることへの期待の方が大きかったと振り返ります。

北村 「楽天は国内ではヴィッセル神戸と東北楽天ゴールデンイーグルスを所有していますが、海外のチームやリーグとは、パートナーシップという形で契約し、様々な形での取り組みを行っています。

だからこそ、台湾のプロ野球チームを買収したというニュース自体が社内でも注目が集まっていて、そんな中でマネージャーから、チームのロゴとキャラクターのリニューアルをやってみないかと打診がありました。

正直いって野球やスポーツには詳しくなかったですし、これまでのキャリアではキャラクターを扱う案件はほとんどありませんでした。ただ、挑戦がしたくて楽天にきたことや、個人的に興味があったグローバル案件だということもあって快諾しました」

今回のリニューアルでは結果的にチームカラーが変わり、マスコットもこれまでとは印象が変わるデザイン変更を行いました。台湾のファンから長年親しまれたチームのシンボルが変わるということには、多くの困難がありました。

北村「楽天モンキーズの前身は、所有会社の部分を除いたチーム名は同じだったものの、青系の色を基調とした、少し劇画チックなマスコットキャラクターでした。

日本人の感覚からすると、スポーツチームのマスコットは『愛嬌があって、かわいいもの』という認識がありますが、台湾ではワイルドで強いイメージがトレンドになっているんです。

台湾でも楽天ブランドの一貫性を保つためには、チームカラーの変更が必要だったのですが、歴史のあるプロスポーツチームなので当然応援してくれるファンが何よりも大切です。ブランドとしての考えとファンに対する想いも常に持ちながら、バランスを意識してプロジェクトを進めることがポイントでした」

そうした状況の中、単にチームカラーを変えるといったようなマイナーチェンジではなく、マスコットごとデザインし直した背景についてこう話します。

北村「楽天という立場からすると、単にチームカラーを変えただけで、ブランディングをはじめ、狙ったような効果が得られるのかどうか疑問もありました。

もちろん当初はこれまでのキャラクターを生かしつつ、チームカラーを変えるだけの案もありましたが、新しいチームになじんでもらうためには、むしろ新しいマスコットがカギになるという結論に至りました。

楽天では『お買いものパンダ』というキャラクターが日本国内のお客様に親しまれていますが、企業と人の接点としてキャラクターの存在はすごく大きいんです」

楽天ブランドの価値を生かして、ファンと共にキャラクターをつくっていく

大きな方針が決まり、次に議論すべき課題は『マスコットのキャラクター』をどうするか。大きな変化を遂げたマスコットはどのようなプロセスを経て生まれたのでしょうか。

北村 「日本では見慣れた、どちらかというとかわいらしく愛らしいマスコットが台湾では受け入れられないかというと、必ずしもそうではないと思ったんです。実は、前身のモンキーズにもふたつのマスコットが存在していました。

メインで使われているのは猿をモデルにした強そうなデザインのマスコットですが、もうひとつはその幼少時代という設定の、かわいいルックスをしたマスコットです。

子どもや女性をターゲットにしたグッズ展開ではこちらが使われていました。そうした背景を踏まえて、台湾のトレンドを意識しながらも、楽天ファミリーの一員としての日本らしさも出していこうという方向に決めました」

こうして、新生モンキーズは楽天のシンボルカラーであるクリムゾンレッドにインスパイアされた赤色をキーカラーに据え、日本的なキャラクターデザインに台湾のトレンドを取り入れたマスコットと共に歩み始めることとなります。

北村 「マスコットのデザインは完成しましたが、グッズをはじめとした先の展開については今後も台湾のチームと一緒に進めていきます。また、新マスコットについても台湾でワークショップを行い、楽天ブランドの背景なども含めたコンセプトの説明を重ねていく予定です。

実は新マスコットは、着ぐるみやグッズなどで立体になったときのフォルムも計算されて考えられたデザインなんです。これからチームの皆さんやファンの皆さんと一緒にキャラクターを育てていくのがとても楽しみです」

北村が楽天でたどり着いたブランドの境地は「変われる強さ」

北村は「楽天デザインラボ」に参画し、キャリアで初めてキャラクターと向き合うプロジェクトを経験しています。モンキーズのマスコットリニューアルだけでなく、根強いファンがいる「お買いものパンダ」を活用した制作物のビジュアル監修にも携わっています。

北村 「今まではブランドのロゴなどのCI(コーポレートアイデンティティ)を扱うことが多かったですが、それらとキャラクターとの一番の違いは設定です。

どちらかというと制約を守ることを意識するロゴに対して、キャラクターは設定を大事にしながら、どこまでファンに楽しんでもらえるか、トレンドに合わせて変化できることが大切で、一定の制約の中でどのように展開を広げることができるかだと感じています。

『お買いものパンダ』を担当しているキャラクターマーケティングチームの試行錯誤を見ていると、LINEスタンプでのちょっとしたポーズや表情の違いでバリエーションを出してみたり、人気のお笑い芸人さんをオマージュしてみたりすることが、ファンとのコミュニケーションになっているのだという気づきもあります」

これまでのキャリアでも一貫して、クリエイティブの立場からブランドに携わる北村。「楽天デザインラボ」の仕事を通じて、彼女の「ブランド観」に新たなエッセンスが加わりました。

北村 「『お買いものパンダ』のほかにも、アプリのアイコンなどにも関わっているのですが、これはキャラクターと違ってシンプルでわかりやすいことが第一です。スマートフォンを使う中で、直感的に認知してもらうことを考えながらデザインしています。

楽天、と一口に言っても多くのサービスがあり、それぞれに異なった年齢や特性のユーザーがいます。そうした違いを越えて、楽天グループに共通する価値を届けるための統一感を持たせながら、同時にサービスごとに表現をチューニングしていかないといけない。

守るべき部分と、変えるべき部分のバランスを考えるというのは、ブランドとの関わり方に新しい視点をもたらしてくれました」

北村が楽天で手掛けるマスコットという言葉を、中国語で表記すると「吉祥物」となり、「吉祥」の文字が表す通り「幸運をもたらすもの、縁起物」といった意味も持ちます。マスコットデザインという新たな挑戦を起点にした幸運がモンキーズに、そして彼女のキャリアにも訪れることでしょう。